言語化の呪縛

考え方

こんにちは、もちきなこです。1月から客先の会社で勤務することになり、慣れるまで時間がかかりました。一通り必要な資格なども取得できたよう+私の情緒が限界(外に出す言葉がない状態が続いたことによる副作用)が出たため、ぼちぼち書きたいことを書いていきます。

…以前の投稿見たら年始の目標で、目標立てるだけ立てて叶えられないよね?という。。叶えるものはちゃんと計画立てて叶えるんですけど、自分の中で筋道が立っていないあいまいなものは叶えられないよな…と。少し反省しています。そもそも応用情報などのIT系の資格の情報もやっと解禁されたようなので、目標の見直し書けないとかなとは思っております。追々にはなりますが。

さて、前置きが長くなりましたが、今回は「言語化の呪縛」と題しまして、「言語化」の言葉に対する一意見について考えていけたらなと思います。私、いろいろ考えるのあきらめて、今のところ広告付いてないので、好きなようにブログに考えを書いていこうと思います。

言語化って難しい

そもそも人の考えや物事を明確にすべて言語化することは難しいという大前提からお話していきたいと思います。まず人の考えに至っては、感情や状況、その時の体調などのコンディションによっても変わっていって、その人なりの考え方の軸があったとしても、どうしても揺らぎが出るものです。そのうえで、周りを振り回さないために、譲れない軸を決めるというのが、多分上に上がっていく人たちや上に立つ人の考え方(言動に一貫性を持たせる=信頼を構築する)になるとは思います。そして、物事の手順などを言語化する際には、人それぞれ認識している程度が違っていて、どのくらいの粒度で物事を突き詰めるのかによっても、言語化の難易度が変わってきます。

そのうえで、以前お話したロジカルやビジョンの話と絡んできます。

認識のズレ②(考え方編)
こんにちは、もちきなこです。基本情報の試験勉強や、転職先での緊張などにより、全然記事を更新できていなかったのですが、また更新を再開いたします。今回は、以前の記事(言葉の認識のズレに気づく | こころの言語化)で、お互いの立場(持っている情報...

ロジカルは多分極めて明確に詳細に言語化することを好みます。言葉のそれぞれの意味をパターン化し、この言葉の場合は、こういう意味というような意味付けを極めて厳密に行っています。対してビジョンです。こちらは極めて抽象的です。あいまいなニュアンスを好み、察して行動するなど言葉に頼らない部分があります。ロジカルやビジョンなどは、一人一人の固定された性質ではないと思っていて、その時の状況や立場などによってもコロコロ入れ替わるものだと思います。そのため、(言語化の行き違い=コミュニケーションの行き違い)が起こるのは、物事の解像度があっていない時だと考えられると思います。抽象的か具体的か、それぞれに偏っていたとしても粒度がどれくらいなのか等。言葉でのコミュニケーションって得てして難しいなと、ここまで考えて思いました。

それに言葉にしたら必ずそれを実行しないといけないような気がして、自分で自分を苦しめるというか。私自身がそうなのですが、「人の気持ちは揺らぐもの」と前提を書き換えるようにしています。

言語化って

そもそも言語化って、人とのコミュニケーションを円滑にするためのもので、枠組みを固定して運用するものではないと思います。言語化というか、自分の感覚に正直になる。というのが正しいと思っていて、言葉で完璧に伝えることを良しとするのではなく、言葉で自分を伝えるのを良しとするというか。それだけで少し心持値が軽くなるのではないかと思いました。お腹がすいたら「お腹すいた」、眠たいなら「眠い」、今日のご飯で食べたいのは「カレー」とか。一つ一つの選択を自分の意志で決めて、自分の心に素直になってわからないことは「わからない」って言って、悪いことしたら謝って。ここまで素直にならないまでも、昨日の自分よりは少し素直になれたらいいなくらいの、少しだけ言葉にしてみようかなくらいの心持ちでいいんじゃないかなと思いました。

私もですけど、難しく考えすぎなんですかね。。。なんともかんとも。

最近病院の先生にも、「考えるのをやめなさい。言い方悪いけど無駄なことをしなさい」といわれたので。考えない時間を意図的にとるのは大事ですよね。

しばらくぶりの更新ですが、今後も無理のない程度に気ままに更新していこうと思うので、気楽に気長に待っていてくれたらうれしいです。

興味があったら読んでみてください。では。

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