イライラの原因

ストレス

こんにちは、もちきなこです。今回は、イライラの原因について、考えてたことをまとめていきます。

イライラって何?

そもそものイライラというものは、以前このブログでお話していますが、イライラしている本人に何らかのストレス(刺激)が加わることによって、その刺激の反応としてストレス反応が出ています。そのため、受け取り方によっては、そのイライラの原因(ストレス)を減らすことができます。

それに加えて、今回は、ストレスがかかっていることを認識して対処するうえで重要なことを考えていきます。

イライラする原因

まず第一に、イライラする原因はほとんどの場合、「自分が我慢していることや隠している感情」か、「境界線の曖昧化」であると考えています。

前者の場合(自分が我慢していることや隠している感情)は、ほかの人に原因があると思っていても、その人を見て自分のコンプレックスが刺激されたり、自分には表現することが許されなかった感情を目の前の人は何も気づかずに出していたり(幼いころに許されなかった甘えや人を頼る力、学生時代に悪口を言われたぶりっ子に見えるような振る舞い等)、今までの人生で言葉にできなかった不完全燃焼な出来事が思い出され、どうしてもその人と接して過去の自分に向き合うのが嫌でその人が嫌いになってしまったりします。

もちろん、理不尽で法律的、常識的に考えておかしいような理不尽な人も存在します。そんな人にまで優しくしなくてもよいですが、特に「常識的に」や「普通に」というようなあいまいな定義を持っている言葉を使うことは、どのグループ(共同体。学校や会社、友達グループなど)に属しているかに代わるので、使用するタイミングの見極めが難しいと思っています。

そして、後者の場合(境界線の曖昧化)は、簡単な例でいうと、会社や家でのゴミ捨て当番などです。ごみを毎日一つも出さない人はいませんが、ゴミ捨てをする人は固定した人等、グループの仕組みが明確に定義されていないことで、責任の境界が曖昧化されて一部の人に不満がたまっていることが問題となります。

この場合、不満がたまっていることを明確化し、ルール化すると損をしていた側の不満は改善されますが、得をしていた側の不満がたまります。そのため、改善の行動を起こすと、行動を起こした人に嫌がらせの行動をする人が発生したりします。「それくらいお前がやれよ」であったり、「そんなことはルール化するほどのことではない」というようなことをいう人がいますが、それは、「当たり前のことが当たり前にできている人」か「ルール化することで損をする側の人間である(ルール化しないことで得をしていた側の人)」ということです。

説得する対処法としては、前者の「当たり前のことが当たり前にできている人」の場合は、その人のように当たり前を当たり前と考えている人が少ないことを伝える必要があります。そして、その人がいない場合でも、仕事など役割が円滑に回るように仕組みを作る必要があると伝える必要があります。

また、後者の「ルール化することで損をする側の人間である(ルール化することで得をしていた側の人)」の対処法としても、前者と同じで、仕組化が必要な理由を伝える必要があります。ただ、このタイプの場合、「当たり前のことだから」というような理由でルール化をしないように持っていこうとする人が多いです。そのため、環境を絶対に改善したいという場合には、相談という形ではなく、上から降りてきたルールとして守ってほしいと伝える必要があるかもしれません。

もちろんゴミを出す出さないという簡単な問題でも、ゴミ捨てする人が生ごみを出していて、その人以外は生ごみを出していないとか、そもそもの暗黙の了解で1番下っ端の人がやるルールになっているとか、ゴミ出し当番を設定していたけど、当番の日に休む人が増え当番が機能しなかった等、問題は単純ではない可能性もあるので、一概には言えませんが、責任の所在を明確化することで、一人一人がちょっとしたモヤモヤを抱えることが減ると思っています。

簡単に解決はしないことも多いですが、どうしたらよりよくなるのか。自分の意見だけでなく、周りの意見はどうなのか含めて考えられるようになっていきたいと思っています。ただ、どんなにイライラしていても、人にはできるだけそのイライラをぶつけることがないような精神的に余裕のある状況に持っていけるように、自分のいる環境を改善していきたいです。

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